桜が満開~地元ふじみ野の隠れた花見場所~
おはようございます。
先週は、朝晩は冷え込んだ日が多かったですが、
日中は暖かく天気も良く桜の開花が進みました。
そんなわけで、自宅の坂の前の桜並木もほぼ満開に。
ちょっと残念なのは、沢山の電線が桜と同じ高さを走っており、
桜を見た際にどうしても視界に入ってしまうのが気になります。
ふじみ野市も早く無電柱化を進めてほしいものです。
(家のバルコニーの写真からもわかるように)
今度無電柱化の取り組みについても少し調べてみたいと思います。
桜は、昨年剪定したせいか、ちょっと枝が減っており、
物足りなさはありますが、それでも見応え充分❗️
地元にもある桜の花見の穴場
昨日は、週末の買い物がてら、昨年見つけた新河岸川の桜並木に
ちょっと立ち寄ってみましたが、見事に満開❗️
しかもここは、1キロ近くに渡って桜並木が途切れずに続くので、
散歩しながらのお花見でも充分楽しめます。
シートを広げてのお花見をされている方もチラホラいましたが、
意外と知られていない穴場なのかニュース番組で見るような混雑も全くありません。
ふじみ野(正確には川を渡った所にある桜並木はお隣の市の川越ですが)にも
こんな素敵な桜の花見をする場所があることに改めて感激( ^ω^ )
今日は、そこで撮った桜の写真をいくつか紹介します。
年によっては咲くタイミングや天気によって、
満開の桜を拝めずに終わってしまうこともありますが、
ひとまず今年は咲きだすタイミングと天気が良く充分楽しめたかなと。
桜は儚いもの
桜も来週になれば、恐らく散ってしまい、ほとんど残っていないと
思うとまた、これはこれで寂しいものです(´;ω;`)
桜が散るのを見るといつも思い出すのが、
良寛僧侶の辞世の句にも読まれた
「散る桜 残る桜も 散る桜」
どの桜もいつかは散ってなくなってしまうものなので、
ちゃんと目に焼き付けておきたいところです。
(人の命もいつかは消えてなくなるということを歌っているそうです)
この歌でも歌われているように日本人って、なぜか
桜、花火、蝉、カゲロウ等、儚いものに
昔から情緒を感じますが、
これも先日発表された「令和」の語源が
記されている万葉集や古今和歌集などの昔の日本人が
歌った和歌が集められている古典を読めば少しはわかるのでしょうか。
自分自身、受験時代は国語が苦手で、
その中でも特に古文が嫌いだったのですが、
大人になってみてると、ものの考え方や
見方に変化も出てきてたので、どこか時間を見つけて
日本の古文・中国の漢文などの勉強も
改めてしたいなと思っています(といいながら
なかなか時間が取れないのが現実ですが…)