生産性向上のためには、税務署(役所)は時間は無限ではないという意識と主体性を持った行動を

おはようございます。

 

ふじみ野・川越・三芳・富士見エリアで活動する公認会計士・税理士の榎本です。

 

先日とある会社(P社とS社)2社の件でそれぞれAとBの別の税務署に電話をしました。問い合わせ内容は、2社とも同じ内容でしたが、税務署(仮にAとB)の対応には明らかに差を感じました。

 

この2つの税務署とのやり取りでは、昨今言われる日本人の生産性が低いことの原因とこの状況を少しでも良くするための行動の2つのことが発見できました。

A税務署の例~生産性が低いといわれる原因~

まずこちらが、P社の件でA税務署に電話したところ、税務署の担当者は、問い合わせ内容については、例え税務代理権限証書(税理士が提出する依頼者からの委任状)を提出しても、答えることができませんという回答。

 

もし、内容を確認したい場合は、納税者や税理士であってもわざわざ税務署まで出向いて開示請求する必要があるという回答でした(手続きとしては開示請求制度という制度(※)を使うようにとのこと)。※この制度自体もホントにこの時代にそぐわない制度だと思い、早く見直されることを強く望みます。

 

せっかくe-taxやダイレクト納付などを進め税務署の手続きも少しずつ電子化・省力化に向いて動いている中でこのような反応は、個人的には大変残念であるとともに、日本全体の生産性の原因は、このような硬直化した役所の対応にあるのではないかという感覚にとらわれました。

B事務所の例~主体性を持った行動が生産性の向上につながる~

一方で、S社の件で別のB税務署に電話したところ、税務署の担当者は、いくつかの要件を確認したものの、それらがクリアーになったので、こちらの問い合わせ内容については、回答を電話でしくださいました。

 

自分は、この時A税務署との対応とあまりに対応が違うのを不思議に思ったので、A税務署では窓口への訪問が必要でB税務署のように電話回答いただけなかったのは、各税務署もしくは税務署長のポリシーなのかと聞きました。

 

するとその担当者は、そうではなく、原理原則は、A税務署の言うように窓口での請求であるが、今回の(B事務所の)対応は、「担当者である自身の判断です」という回答をいただき、大変感銘を受けました。

 

現代の日本にも役所のルールや規則にただ盲目的に従うだけではなく、主体性をもってユーザー目線で動かれる役人の方が残っていたことに少し安心しました。

 

日本の役所、特に税務署などは、基本的に規則はルールに縛られユーザー目線での利便性を意識していないことが多く、先述したようなA税務署のような対応が生まれてきてしまい、時間が有限である中で周りの人は動くので、どうしてもルールや規則に縛られたまま行動すると生産性は下がる形になるなと改めて感じました。

 

今回の件でも、電話で答えれば10分で済む話なのに(内容的にはそこまで重要な内容でないので担当者の判断次第ではこたえられるはず)、ルールだからとそれに縛られて当事者を窓口まで呼びつけてしまう対応をしてしまうお役所の対応は、今後日本人の生産性向上を考えるのであれば、速やかに見直していく必要があると思いました。

 

今回の件で言えば、仮に窓口まで出向くとすると、一人の人間の時間を数時間奪うことになり、同様なことが日本全国で行われ続ける限り、日本人の生産性向上というのには程遠いなと思った次第です。

 

その後、A税務署に再度問い合わせ、B税務署の件を話したところ、別の担当の方が何とかB税務署と同様の対応をしていただき、時間を失わずに済みました。

まとめ

今回の件を通じて思ったのは、日本人の生産性が上がらない一つにルールや規則にやたらと縛られ、「自分自身の判断」ができなくなっている傾向にあり、その結果として時間が有限であるということを忘れているのではないかということです。

 

人一人の一日の時間は誰しも24時間と限られているので、そこを改めて考え直さないと徒に時間を浪費し、生産性向上とはかけ離れた行動をとってしまいかねないので、自分自身も含め肝に銘じる必要があるなと思います。

【子育て日記】
先日長男が、あごにけがをしてしまい、10日程度運動が禁止されてしまいました。

 

ここまで大きなけがもなく来たので、これほど長い時間運動が制限されるのは本人も初めてのようでだいぶストレスが溜まっている模様。

 

もう少し我慢すれば、解放されるので、焦らずに日々を過ごしてもらいたいところ。

 

長女は、保育園最後の運動会を先日無事終えることができ一安心。運動会2日前から発熱で当日の登園が危ぶまれたところですが、そこは普段から食事と運動でつけた体力のたまものか見事に復活し、当日を迎え、本人も目いっぱいの力で演技と競技に臨めていたようです。